No.009

タイトル:昭和の世界の自動車カタログ展 ~92歳のお宝ちょい見せ・昭和20-40年代~
開催時期:2022.03.10 - 04.10

Profile

​コレクター・A氏

昭和4年(1929年)生まれ

兵庫県・芦屋市在住。

大学院を卒業後、国内自動車メーカーに定年まで勤務。

30代より世界の自動車カタログ・書籍などのコレクションを始め、今に至る。

Message

「私と自動車のカタログ」

 1929年、世界大恐慌の最中、兵庫県武庫郡精道村、現在の芦屋市で生まれた。以来90年余り、約5年半のベルギー勤務を含み10年足らずの転勤その他での転居以外は、芦屋に住み続けている。

 小学生の頃は、ごく一部のお医者や金持ちを除いては、現在のように簡単に自家用車など持てず、タクシーでも日常には贅沢な時代であった。それでも男の子の常で乗り物は大好き。

我が家がよく利用していた「駅前のKタクシー」の車は、1937年型のプリムスとダッジであったと思う。と言うのは、小学生の頃度々喜んで乗せられ、親しんだそれらの車の形と、大人になって覚えた1940~70頃のアメリカ車乗用車各車のモデルチェンジの傾向を頭で照合した後、運よく入手した然るべき図版で確認した結果である。自動車には、高度の研究対象となる要素が山ほどあるのは別として、私にはこの単純なメーカー毎、車種毎に特徴のあるスタイルの流れが面白くて、カタログを集め出したと言えよう。

 太平洋戦争敗戦後の中学生時代、通学路の国道2号線を我が物顔に往来する米軍の色々な軍用車両に殆ど連日飽きもせず見惚れて、そのうちに走っているJEEPの寸法を目測で測り、車体の模型はボール紙で出来たが、車輪は作れなかった。

 大学へ行くときは、自動車なら工学部、そして機械工学科、そしてエンジン即ち内燃機関

教室へと、簡単明瞭に決めて、就職も又自動車会社と一本道であった。一時期「販売拡張(以前は宣伝と言った)」部門でカタログ制作も担当して、仕事と趣味が一体と言えることもあった。

 カタログはそんな人生に殆ど自然に集まって来たとも言えるが、楽しいものである。

 

2022.2.12